《やしろ》あたりへ出た。こことても相当に混雑しているが、それでも押し合う程のことは無いので、人々はほっ[#「ほっ」に傍点]とひと息ついて額の汗を拭いている時、突然に女の声がきこえた。
「あ、もし……」
さわがしい中でも、若い女の声が冴えているので、四人の耳をおどろかした。それが何かの注意をあたえるように思われたので、はっ[#「はっ」に傍点]と気がついて見返ると、ひとりの男の手が久兵衛のふところから紙入れを引き出そうとしているのであった。こういう場合には珍らしくない巾着切《きんちゃっき》りである。
「ええ、なにをする」
久兵衛はあわてて其の手を捉えようとすると、男はそれを振り払って、掴んでいる紙入れを地面に叩きつけた。
「畜生、おぼえていろ」
彼はそれを注意した女の顔を憎さげに睨んで、そのまま群衆のなかへ姿を隠してしまった。睨まれたのは十七八の若い娘で、別に華やかに化粧をしているのでもないが、その容貌《きりょう》の美しいのが四人の眼をひいた。
「どうも有難うございました」と、久兵衛は彼女に礼を云った。
「おかげ様で災難を逃がれました。伜は勿論、わたくし共もみんなうっかりして居りまし
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