して来たそうだが、そいつは高輪《たかなわ》の北町《きたまち》で草履屋をしている半介という奴らしい。表向きには草履屋だが、ほんとうの商売は山女衒《やまぜげん》で、ふだんから評判のよくねえ野郎だ。おれも二、三度逢ったことがあるから、神田三河町の徳次の兄弟分だと云やあ、まさか逃げも隠れもしめえ。もし逃げるようならば、いよいよ怪しいに決まっているから、容赦なしに挙げてしまえ。相手は半介で、こっちは半七だ。どっちの半が勝つか、腕くらべだ」
「承知しました」
ここで徳次に別れて、半七ひとりは芝の方角へ足を向けた。高輪北町は泉岳寺の近所である。そこへ行き着いたのは八ツ(午後二時)に近い頃で、日盛りはまだ暑かった。徳次に教えられた通りに、海辺の大通りを右へ切れると、庚申堂《こうしんどう》のそばに小さい草履屋が見いだされた。一人の男が店に腰をかけて、亭主と将棋をさしていた。
亭主は年のころ三十五六で、色の浅黒い、鼻の高い男であった。半七が店さきへ立ち寄ると、彼は将棋の手をやすめてすぐに見返った。
「いらっしゃい」
「いや、わたしは履き物を買いに来たのじゃあねえ。神田三河町の徳次兄いに頼まれて来たのだ
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