お節の着物をそっくり着込んで、散らし髪を顔一面に打《ぶ》っかぶっていりゃあ、誰にもちょいと判りますめえ。殊にみんなが慌てている時だから、猶さら本物か贋物かの見分けが付かなかろうと思います」
「おめえもなかなか素人じゃあねえ」と、徳次は笑った。「実はおれも替玉と睨んでいたのだ。こうなると、お節は勿論だが、その親父の浪人者や、替玉の女や、品川から来たという奴や、大勢の奴らが徒党を組んで、鍋久の家《うち》を荒らそうと企《たくら》んだに相違ねえ。この探索はよっぽど手を拡げなけりゃあならねえ事になった。半七、おめえも働いてくれ。おれ一人じゃあ手が廻らねえ」
四
「そうすると、わたしはこれからどっちへ廻りましょう」と、半七は訊《き》いた。
「さしあたりは浅草のお節の実家だ。おやじの小左衛門という浪人者も唯の鼠じゃああるめえ。だが、そこへは俺が行く」と、徳次は云った。「おめえは品川へまわってくれ。怪談の片袖を持って来た奴の身もとを探るのだ。弥平とかいったそうだが、どうせ本名じゃああるめえと思う。鍋久の番頭から聞いた人相や年頃をかんがえると、少しは心当りがねえでもねえ。鍋久へは堅気の風を
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