自分で盗んだのか、同類の手引きをして盗ませたのか、二つに一つでしょうね。それが露顕《ばれ》そうになって来たので、気ちがいの真似をして飛び出したのだろうと思います。品川の奴が怪談がかりで片袖をとどけて来たのも、お節がほんとうに死んだと思わせる狂言で、きっとお礼をすると云ったなぞと巧《うま》い謎をかけて、行きがけの駄賃に十両せしめて行ったのでしょうね」
「むむ。そこで、久兵衛を殺したのは誰だと思う」と、徳次はまた訊いた。
「それがむずかしいので、私もさっきから考えているのですが、なにしろ下手人《げしゅにん》はお節じゃあありますまいね。お節ならば自分の剃刀を使いそうなものだが……。それとも自分の剃刀は切れが悪いので、人殺しをするために新らしい刃物を買ったのでしょうか。第一、お節が亭主を殺すほどの事はねえ、ただ気ちがいの真似をして川へ飛び込んでしまえば好さそうに思うが……。わたしの考えじゃあ、久兵衛を殺して川へ飛び込んだのは、本人のお節じゃあねえ。泳ぎの上手な奴が替玉《かえだま》になって、水をくぐって逃げたのだろうと思いますね。みんなの眼にはお節と見えたかも知れねえが、暗い夜の事じゃああるし、
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