った品がなくなった様子もございませんので、まあ紛失物は無いということになって居ります」
「じゃあ、まあ、それはそれとして、家のなかを少し見せて貰いましょう」
勘兵衛に案内させて、徳次と半七は家内をひと通り見まわった。久兵衛が殺されたという居間のあたりも調べてみた。土蔵は三棟で、その二棟は商売物の鍋釜類が積み込んであり、ほかの一棟に家財が納めてあることも判った。
お節の父はどうしたかという徳次の問いに対して、番頭はこう答えた。父の小左衛門は知らせを聞いて直ぐに駈けつけたが、ただ申し訳がないと云うのほかは無かった。嫁入り後の出来事ではあり、殊に乱心というのでは、その父を責めるわけにも行かない。彼は御親類たちに合わせる顔も無いと云って、久兵衛が葬式の日にも、初七日《しょなのか》の墓参の日にも、自分から遠慮して参列しなかった。ひとり娘を失った上に、今度は鍋久からの仕送りも絶えるのであるから、彼も定めて難儀であろう。所詮《しょせん》は一種の因縁で、すべての人の不幸であると、勘兵衛は凋《しお》れながら話した。
「今日はこれで帰りましょう。おかみさんを大事におしなさい」と、徳次は帰り支度にかかっ
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