でしたが……」
「それは私も聴いているが、ほかに何かありませんでしたか」
「実は二度ばかり盗難がございまして……」と、勘兵衛は小声で云った。「これは店の者にも知らさないようにして居るのでございますが、今月になりまして二度……。何分にも盆前で店の方も取り込んで居りますので……」
「どのくらい取られましたえ」
「一度は二百両、二度目は百八十両……。御承知の通り、ひる間は土蔵の扉《と》があけてありますので、店が取り込んでいる隙《すき》をみて、何者かが忍び込んだものと見えます」
「いくら取り込んでいるといっても、こちらの店で真っ昼間、土蔵へはいって金を持ち出すのを、知らずにいるとは油断過ぎるな。番頭さん、しっかりしねえじゃあいけねえ」と、徳次はまた笑った。「よもや外からはいったのじゃああるめえ。出入りの者か店の者か、ちっとも心当りはねえのかね」
「主人もおかみさんも不思議だと申して居りますが、どうも心当りございません」
「その晩に失《う》せ物はありませんでしたかえ」
「無いようでございます。主人の手箱に幾らかの金が入れてあったかとも思いますが、奉公人のわたくし共にも確かに判りません。ほかに目立
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