徳次と半七は肚《はら》の中で舌打ちしながら聴いていると、勘兵衛は更に話しつづけた。
「そうしてみると、若いおかみさんはいよいよ遠い海へ流れて行ったに相違ないのでございます。おかみさんの申しますには、わが子を殺した憎い嫁だと一旦は思ったが、乱心であれば仕方がない。こうして形見の片袖をとどけてよこすからは、やっぱりここを自分の家《うち》と思って、わたし達の回向《えこう》を受けたいのであろうから、お寺へ納めてやるが好かろうというので、きのうすぐに菩提寺へ持ってまいりました」
「そりゃあ飛んだ怪談だね」と、徳次はあざ笑うように云った。「そこで、ここの主人を殺したという剃刀はどうしました」
「それは往来に落ちているのを拾いまして、検視のお役人にもお目にかけましたが、そんな物を家へ置くことも出来ませんので、お寺へ持参して何処へか埋めていただきました」
「その剃刀は若いおかみさんがふだん使っていたのですかえ」
「いえ、あとで調べてみますと、ふだん使っていた剃刀は鏡台のひきだしにはいって居りました」
「この騒動のおこる前に、なにか変った事はありませんか」
「その朝から若いおかみさんの様子がすこし変
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