ともかくも型の如くに葬式を済ませた。お節の死骸は遂に発見されなかった。
 こうして一旦は納まったものの、お節の入水も久兵衛の変死も近所ではみな知っているのであるから、人の口に戸は立てられぬという譬《たと》えの通りで、その噂はそれからそれへと伝わって、神田の吉五郎の耳にもはいった。
「鍋久の嫁が剃刀で亭主を殺した……。気ちがいに刃物とは全くこの事だから、どうも仕方がねえ。だが、旦那方の詮議もちっと足りねえようだな」
「すこし洗ってみましょうか」と、子分の徳次が云った。
「権兵衛のあとへ廻って、鴉《からす》がほじくるのも好くねえが、まあちっとほじってみろ。どうも気が済まねえことがあるようだ。おい、半七、おめえも徳次に付いて行って、御用を見習え」
「その時わたくしはまだ十九の駈け出しで……」と、半七老人はここで註を入れた。「後には吉五郎の養子になって、まあ二代目の親分株になったんですが、その頃は一向に意気地がありません。いわば見習いの格で、古参《こさん》の人たちのあとに付いて、ああしろこうしろのお指図次第に、尻ッ端折《ぱしょり》で駈けずり廻っていたんですから、時には泣くような事もありましたよ
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