れなくなったので、念のために様子を見て来ようと、七、八人がつながって出た。表は暗いので、お常は提灯を貸してやった。
 御新造の手前ばかりでなく、人々もなんだか一種の不安を感じて来たので、提灯持ちの一人を先に立てて、足早にあるき出した。どこという目あても無いが、ともかくも富士裏のあたりを探してみる事にして、高林寺門前から吉祥寺門前にさしかかると、細道から出て来た二人連れが提灯の灯《ひ》を見て声をかけた。
「道場から来たのか」
 それは池田喜平次と伊太郎の声であった。こちらでも声を揃えて答えた。
「そうだ、そうだ。先生はどうした」
「先生は……。途中で失《はぐ》れてしまった」
「先生にはぐれた……」
「どこを探しても見えないのだ」
 喜平次らの報告によると、彼らは師匠の左内にしたがって、まず富士裏のあたりを一巡したが、怪しい声は聞えなかった。まだ時刻が早いせいかも知れないと云いながら田畑のあいだを歩き廻って、鷹匠《たかじょう》屋敷から吉祥寺の裏手まで戻って来たが、聞えるものは草むらに鳴き弱っている虫の声と、そこらの森のこずえに啼く梟《ふくろう》の声ばかりで、それらしい声は耳に入らなかった。
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