です。なにしろ長さは三尺あまりで、銅でこしらえた喇叭《らっぱ》のような物ですから、それで手ひどく殴られては堪まらない。馬鹿とあなどって不意討ちを食った長助は、まったく眼が眩《くら》んで暫くぼんやりしているうちに、辰公は逃げて行ってしまった。と云って、表向きに辰公の家へ捻じ込むわけにも行かないので、長助はなぐられ損の泣き寝入り……。そこへ亀吉が調べに行ったので、長助はいよいよ閉口して、なにか出たらめを云って誤魔化していたというわけです。それがみんな露顕して、長助は所払いになりました。
 そこで、一方の辰公、いかに薄馬鹿の人間でも、見す見す闇討ちの一件を知っていながら、口を結んでいるということは、さすがに気が咎めてならない。そこで逮夜の晩、岩下の道場に大勢が集まっているのを知って、隣りの屋根からズウフラで呼びかけた。悪戯《いたずら》といえば悪戯ですが、本人としては御新造にそれとなく注意をあたえようとしたので、馬鹿相当の知恵を出したわけでしょう。勿論、岩下の女房と岡崎屋の伜との関係なぞは知らないんです。しかし馬鹿も馬鹿にはなりません。辰公が屋根から転げ落ちて、わたくし共に取り押えられた為に、
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