度見たことがある」
「おれも或る屋敷でたった一度見せて貰っただけだが、今度の一件を聞いてすぐにそれだろうと鑑定した。だが、判らねえのは、なぜ其のズウフラで往来の人間を嚇《おど》かすのか。唯のいたずらか、それとも何か仔細があるのか。なにしろ、そのズウフラから剣術の師匠が殺されたというのだから、ひと詮議しなけりゃあならねえ。早く聞き込むと好かったのだが、ちっと日数《ひかず》が経っているので面倒だ。まあ、やれるだけやってみよう。ここらは寺門前が多いから、町方《まちかた》の手が届かねえ。それをいいことにして、悪い奴らが巣を食っているのだろう」
 そこらをひと廻りした後、半七はある植木屋の門口《かどぐち》に立った。ここらに植木屋の多いのは前に云った通りである。半七は形ばかりの木戸をあけて声をかけた。
「おい。じいさんはいるかえ」
「やあ、親分……。唯今まいります」
 柿の木の上で返事をして、五十四五の男が笊《ざる》をかかえながら降りて来た。彼は植木屋の嘉兵衛である。
「柿はよく生《な》ったね」と、半七は赤いこずえを見あげた。
「いえ、もう遅いので……。ことしは二百十日の風雨《あらし》で散々にやら
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