て笑顔を粧《つく》って、愛想よく挨拶した。
「おや、幸さん。急にお暑くなったようでございますね。きょうはこちらで何かのお見張りですか」
「なに、見張りというわけでもねえ。あんまりからだが閑《ひま》だから、野幇間《のだいこ》とおなじように、ここらへ出て来て岡釣りよ。そういう俺よりも、お光ちゃんこそ忙がしいからだで、ここらへ何しに出て来たのだ。おめえも色男の岡釣りかえ」
「ほほ、御冗談でしょう。両国橋が御普請《ごふしん》だというので、どんな様子か拝見に出て来たんですよ」
「と云うのは、世を忍ぶ仮の名で、占い者にお手の筋を見て貰って……。それから両国の川へ行ってお念仏を唱えて……。これから何処へかお寺参りにでも行くのかね。はは、お若けえのに御奇特《ごきどく》なことだ」
 お光は顔の色を変えて、暫く無言で相手の顔を見つめていた。客商売に馴れている彼女も、当座の返事に困ったらしい。そこへ附け込んで、幸次郎は嚇すように云った。
「おい、お光。正直に云えよ。おめえは何でこの川へ来て拝んでいたのだ。後生《ごしょう》願いに放し鰻をするほどの皺くちゃ婆さんでもあるめえ。それとも男を散々だました罪亡ぼしかえ
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