は更に両国橋に向って辿って行った。彼女は島田髷の頭を重そうに垂れて、なにかの苦労ありげに悄然としているのが半七の注意をひいたので、彼は幸次郎に眼配《めくば》せしながら、小戻りして其のあとを追った。
 お光はそれにも気がつかないらしく、狭い仮橋の中程を行きつ戻りつしていたが、やがて立ち停まって四辺《あたり》を見まわしながら、川にむかってそっと手をあわせた。口の中でもなにか念じているらしかった。半七は幸次郎にささやいて、再び橋番の小屋へはいった。
「爺さん、又来たよ、おれはちょいと奥を貸して貰うぜ」
 半七は障子をあけて小屋の奥に身を忍ばせると、やがてお光が帰って来た。それを待ち受けていた幸次郎は声をかけた。
「おい、お光ちゃん。どこへ行った」
 呼ばれてお光は驚いたように振り返った。その顔は陰って蒼ざめていた。
「どうしたえ。ひどく顔の色が悪いじゃあねえか。麻疹《はしか》かえ。はは、そりゃあ冗談だ。なにしろまあここへ掛けねえ」と、幸次郎は笑いながら呼び込んだ。
 お光は奥山の宮戸川という茶店の女で、幸次郎の職業もかねて知っているのであるから、呼びかけられて素通りも出来なかった。彼女は努め
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