それでも食物屋《くいものや》のほかに、大道商人《だいどうあきんど》や大道易者の店も相当にならんでいた。易者は筮竹《ぜいちく》を襟にさし、手に天眼鏡を持ってなにか勿体らしい講釈をしていると、その前にうつむいて熱心に耳を傾けているのは、十八九ぐらいの小綺麗な女であった。半七は幸次郎をみかえって訊いた。
「おい、おめえはあの女を知っているかえ」
「冗談じゃあねえ。いくらわっしだって、江戸じゅうの女をみんな知っているものか」
云いながら、幸次郎は女の横顔をのぞいて、笑い出した。
「いや、知っています、知っています。あれは奥山《おくやま》のお光ですよ」
「むむ、宮戸川のお光か。道理で、見たような女だと思った。あいつ、いい亡者《もうじゃ》になって大道占いに絞られている。はは、色男でも出来たかな」
「色男でも出来たか、おふくろと喧嘩でもしたか。まあ、そんなところでしょうね」
自分の噂をされているとも知らずに、お光は見料《けんりょう》の銭《ぜに》を置いて易者の店を出た。本来ならば唯そのままに行き過ぎてしまうのであるが、虫が知らせるというのか、半七は立ちどまって彼女のうしろ姿を暫く眺めていると、お光
前へ
次へ
全46ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング