ぜに》をやって、半七はここを出ると、幸次郎もつづいて出た。
「親分、女の亭主という奴はもう来ねえでしょうか」
「来ねえだろうな。困ったことには、人足どもが見付け出したのだから、方々へ行ってしゃべるだろう。そんな噂が立つと、奴らもきっと用心して証拠物を隠してしまうに相違ねえ。気の早い奴はどこへか飛んでしまうかも知れねえ。ぐずぐずしていると折角の魚に網を破られてしまう。何とか早く埒を明けてえものだな」
「橋番のおやじがもう少し気が利《き》いていりゃあ何とかなるのだが……」
「あんな耄碌《もうろく》おやじを頼りにしていて、上《かみ》の御用が勤まるものか」と、半七は笑った。「まあ、柳橋の方へ行ってみよう」
 女の亭主らしい男が柳橋の方角から来たというだけのことで、その方角へ向ってゆくのは甚だ知恵のない話のようであるが、柳橋の方角から来たというのに対して、本所深川の方角へ向うわけには行かない。たとい何の当てが無くとも、ともかくもその方角へむかって探索を進めてゆくのが、その時代の探索の定石《じょうせき》であると、半七老人は説明した。
 前にもいう通り、橋の工事で広小路はふだんよりもさびれていたが、
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