な人でも無いようなふうをしていました。勿論、別に証拠があるわけじゃあありませんが、ひょっとすると死骸の女の亭主で……」
「爺さん、偉《え》れえ」と、幸次郎は啄《くち》を容《い》れた。「おれも其の話を聴いて、すぐにそう思った。世間によくある奴で、女は夫婦喧嘩でもして飛び込んだのかも知れねえ。それにしても、やっぱり判らねえのは金の蝋燭……。どうしてそんな物を抱えていたかな」
「それが判りゃあ仔細はねえ」と、半七はにが笑いした。「いや、判らねえところが面白いのかも知れねえ。その男はきょうも来たかえ」
「きょうはまだ見えないようです」と、久八は答えた。「死骸が揚がってしまったので、もう来ないのかも知れませんよ」
「むむ」と、半七は薄く眼を瞑《と》じて考えていた。「その男は西からか東からか、早く云えば日本橋の方から来たのか、本所の方から来たのか、それも判らねえかね」
「いつでも柳橋の方から来るようですから、あの辺の人か、それとも神田か浅草でしょうね」
「いや、ありがとう。御用とはいいながら、飛んだ邪魔をした。おい、爺さん。こりゃあ少しだが、煙草でも買いねえ。放し鰻の代りだ」
 久八に幾らかの銭《
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