云う。いや、渡せと云う。しまいには喧嘩腰になって争っているところへ、いい塩梅《あんばい》に宗兵衛も駕籠に乗って来てくれました。その顔をみても、おかみさんは黙っていて口を利きません。それを宗兵衛が無理に二階へ連れて行って、どういう風になだめたか知りませんが、まあ仲直りをしたような様子で、夫婦は無事に二階を降りて来ました。もう四ツ時分だから駕籠を呼ばせようかと云いましたが、そこらへ出て辻駕籠を拾うからと云って、二人は細雨《こさめ》のふる中を出て行きました」
「その蝋燭はどうした」
「女房がやかましいから一旦返してくれと宗兵衛が云うので、わたくしも厄介払いをしたような心持で、すぐに返してやりました。その時におかみさんは、まだ何本かの蝋燭を重そうに抱えているようでした」
「それからどうした」
「それから先のことはなんにも知りません。夫婦は無事に田町へ婦ったものだと思っていると、実に案外の始末でびっくりしました。たぶん帰り路で二度の喧嘩をはじめて、おかみさんは両国の仮橋から飛び込んだのだろうと思います。宗兵衛はどうしたのか、田町へ様子を見に行こうと思いながら、うっかり出て行って飛んだ係り合いになっても詰まらない。といって、知らん顔をしているのも義理が悪いようで、なんだか心持が好くないもんですから、昼間から湯にはいって一杯飲んで、二階で横になっていたところです」
気の弱い職人の申し立てはこれで終った。
五
「そうすると、その宗兵衛という男は、何処からか金の蝋燭を盗んでいたんですね」と、私は訊いた。
「そうです」と、半七老人はうなずいた。「しかし宗兵衛が増蔵に話して聞かせたのは出たらめで、上方《かみがた》の金持が泥坊よけに金の蝋燭をこしらえるの、大名が軍用金に貯えて置くのというのは、みんないい加減の誤魔化しである事が、あとですっかり判りました。金の蝋燭はそんなわけの物ではなかったんです。そこで、かの宗兵衛夫婦がどうしてそんな不思議な物を持っていたかと云うと、ここに小説のようなお話があるんです。まあ、お聴き下さい。
どなたも御承知でしょうが、東海道の大井川、あの川は江戸から行けば島田の宿、上方から来れば金谷《かなや》の宿、この二つの宿《しゅく》のあいだを流れています。その金谷の宿から少し距《はな》れたところに、日坂峠というのがあって、それから例の小夜《さよ》の中山
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