い引導を渡してやったのだから、もういい加減に往生しろ。どうだ」
藤次郎は蟇《がま》がえるのように店さきの土に手を突いたまま身動きもしなかった。その顔色は藍《あい》のように染めかえられて、ひたいからは膏汗《あぶらあせ》がにじみ出していた。
「素人《しろうと》だ。きっかけを付けてやらなけりゃあ口があけめえ」と、半七は熊蔵をみかえった。
「野郎、しっかりしろ」
熊蔵はいきなり平手で藤次郎の横っ面を引っぱたくと、かれは眼がさめたように叫んだ。
「恐れ入りました」
かれが縄つきで鋳掛屋の店さきから引っ立てられる頃には、四月の日もさすがに暮れかかって、うす暗い柳のかげから蝙蝠《こうもり》が飛び出しそうな時刻になっていた。
これに就いて、半七老人はわたしに話したことがある。
「奉行所の白洲《しらす》の調べもそうですが、わたくし共の調べでも、ぽつりぽつりとしずかに調べて行くのは禁物《きんもつ》です。しずかに云っていると、相手がそのあいだにいろいろの云い抜けをかんがえ出したりして、吟味が延びていけません。初めはしずかに調べていて、さあという急所になって来たら、一気にべらべらとまくし掛けて、相手
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