度も番屋へ呼ばれまして、何もかも申し上げたのでございますが……」
「伊豆屋は伊豆屋、おれは俺だ。三河町の半七は別に調べることがあるんだ。やい、藤次郎。貴様は三月二十一日の朝、なんでここの家《うち》の戸を叩いた」
「大木戸で待ちあわせる約束をいたしましたので、そこへ行ってみますと誰もまだ来て居りません。しばらく待って居りましたが、庄五郎も平七も見えませんので、どうしたのかと思って念のために引っ返してまいったのでございます」
「その時にここの家の戸は締まっていたな」
「はい。締まっているので叩きました」
「そうして、おかみさん、おかみさんと呼んだな」
「はい」
「それ、見ろ。馬鹿野郎」と、半七は叱るように云った。「問うに落ちず、語るに落ちるとはそのことだぞ」
「なぜでございます」と、藤次郎は不思議そうに相手の顔を見あげた。
「まだ判らねえか。よく考えてみろ。約束の庄五郎が見えねえというので、ここの家へ尋ねに来たのなら、なぜ庄五郎の名を呼ばねえ。まず庄五郎の名を呼んで、それで返事がなかったら女房の名を呼ぶのが当りめえだ。初めからおかみさん、おかみさんと呼ぶ以上は、亭主のいねえのを承知に相違ね
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