さんですかえ」と、お国は訊《き》いた。
「庄さんはどうしました」
「もうさっき出ましたよ」
「はてね」
「逢いませんかえ」
「さっき出たのなら逢いそうなものだが……」と、外では考えているらしかった。
「大木戸で待ちあわせる約束でしょう」と、お国は云った。
「それが逢わねえ。不思議だな」
「平さんに逢いましたか」
「平公にも逢わねえ。あいつもどうしたのかな」
床の中で挨拶もしていられなくなって、お国は寝衣《ねまき》のまま起きて出た。お国はことし二十三の若い女房で、子どもがないだけに年よりも更に若くみえた。表の戸をあけて彼女がその仇《あだ》めいた寝乱れ姿をあらわした時、往来はもう薄明るくなっていたので、表に立っている男の顔は朝の光りに照らされていた。かれは隣り町《ちょう》に住んでいる建具屋の藤次郎で、脚絆《きゃはん》に麻裏草履という足ごしらえをしていた。
「平さんにも逢わず、内の人にも逢わず、みんなは一体どうしたんでしょうねえ」と、お国はすこし不安らしく云った。
「まさかおいら一人を置き去りにして、行ってしまった訳でもあるめえが……」と、藤次郎も首をかしげていた。
鋳掛屋の庄五郎は隣り
前へ
次へ
全28ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング