「庄五郎の家《うち》ですかえ」と、熊蔵はいよいよ其の眼をひからせた。「親分。なにか当りがあるんですかえ」
「まあ、行ってみなけりゃあ判らねえ」
熊蔵に案内させて田町の鋳掛屋へ出かけてゆくと、隣りは小さい下駄屋で、その店との境に一本の柳が繁って垂れているのも、思いなしか何となく寂しくみえた。三十五日が過ぎれば世帯をたたむ筈になっているので、店こそ明けてあるが商売は休みで、小僧の次八がぼんやりと往来をながめていた。
「おかみさんはいるかえ」と、熊蔵は訊《き》いた。
「奥にいますよ。呼んできましょうか」
「呼んでくれ」
手拭で着物の裾をはたきながら、二人が店さきに腰をおろすと、奥では針仕事でもしていたらしく、鈴の付いた鋏を置く音がして、むすび髪の若い女房がすこしく窶《やつ》れた青白い顔を出した。
「この親分は御用で来なすったのだから、そのつもりで返事をしねえじゃあいけねえぜ」
お国は熊蔵を識らなかった。勿論、半七を識ろう筈はなかった。しかも御用という声をきいて、かれは神妙に店さきにうずくまった。いたずら小僧らしい次八もおとなしく小膝をついた。
「いや、別にむずかしい詮議をするんじゃあ
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