庄五郎の女房のお国という女に惚れているのだろう」
平七は勿論、藤次郎も一緒にうつむいてしまった。ふたりの腋《わき》の下に冷たい汗が流れているらしかった。
「おれはまだ知っている」と、妻吉は畳みかけて云った。「貴様はこの正月ごろ、町内の湯屋の番頭とお国の噂をして、あの女に亭主が無ければなあと云ったそうだが、ほんとうか」
身におぼえがあると見えて、平七はやはり俯向いたままで黙っていると、妻吉は勝ち誇ったように笑った。
「もう、いい。あとは親分や旦那が来て調べる」
平七は六畳の板の間へ投げ込まれて、まん中の太い柱にくくり付けられた。藤次郎は御用があったらば又よびだすというので、一旦無事に帰された。
三
それから三日《みっか》ほど後に、芝の愛宕下で湯屋《ゆうや》をしている熊蔵が神田三河町の半七の家へ顔を出した。熊蔵が半七の子分であることは読者も知っている筈である。
「湯屋熊。久しく見えなかったな。嬶《かかあ》でも又寝込んだのか」と、丁度ひる飯を食っていた半七は云った。
「なに、わっしが飲み過ぎて少し腹をこわしてね」と、熊蔵は頭を掻いていた。「時に、あの高輪の一件、あいつは
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