にしろ、もうちっと正体を見とどけよう」
 ふたりは薄月のひかりを頼りに、その黒い影のいかに動くかをうかがっていると、それは頬かむりをしている男であるらしいので、銀蔵はまた失望した。
「おい、男だぜ」
「まあ、いいから黙っていろ」
 喜平は飽くまでも熱心にうかがっていると、その影は往来のまん中に立ちどまったかと思うと、又しずかに歩き出して、かの清水山の堤の裾に近寄った。それ見ろと、喜平は銀蔵にささやいて、猶《なお》もぬき足をしてそのあとを尾《つ》けようとする時、突然にどこからか大きな手のようなものが現われて、ふたりの横っ面を眼がくらむほどに強く引っぱたいたので、あっ[#「あっ」に傍点]と叫んで銀蔵は倒れた。喜平は顔をかかえて立ちすくんだ。やがて気がついて見まわすと、かの黒い影はどこへか消えていた。大きな手の持ち主は勿論わからなかった。
「畜生」と、ふたりは同時に罵《ののし》った。
 しかしこれで妖怪の正体は大抵わかったように思われた。黒い影は妖怪ではない。普通の人間であるらしい。なにかの秘密があって、その一人が清水山へ忍んで行くところを、喜平らが見つけてそのあとをつけたので、ほかの仲間が
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