があらわれた。不意をくらって、ふたりは思わずためらっていると、その黒い影は静かに動き出した。それが彼《か》の女であるか、あるいは他人であるかと、喜平も銀蔵も息を殺してうかがっていた。

     二

 銀蔵は勿論、発頭人《ほっとうにん》の喜平とても、妖怪の正体を見とどけに出かけて来たものの、さてその妖怪に出逢ったらばどうするか。単にそのゆくえを突きとめるに止《とど》めてて置くのか、あるいはその正体を見あらわす必要上、腕ずくでもそれを取り押えるつもりか、それらについては最初からきまった覚悟をもっているのではなかった。勿論、その妖怪と闘うような武器も用意して来なかったのである。かれらはやはりほんとうの岩見重太郎や宮本無三四ではなかった。それでも一種の好奇心に駆られて、ふたりは今ここに突然あらわれた黒い影のあとをそっと尾《つ》けてゆくと、その影は往来のまん中でしばらく立ちどまった。
「白い浴衣《ゆかた》を着ていねえじゃねえか」と、銀蔵は小声でささやいた。
「そりゃあ九月だもの」と、喜平は云った。
「化け物なら時候によって着物を着換えやしめえ。こりゃあ違うだろう」と、銀蔵はまた云った。
「な
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