よろしくねがいます」と、大五郎も素直に承知した。
 藤左衛門の眼からは新らしい涙が流れた。半七と大五郎は二つの亡骸のまえに改めて線香をそなえた。

 雑司ヶ谷心中と世間にうたわれて、庄司の家から程遠くない寺内にお早と勝次郎とが葬られた後、しぐれ雲のゆきかいする寒い日が幾日もつづいた。十一月のなかばになって、清水山で一匹の獣が生け捕られた。それは山卯の喜平と建具屋の茂八の罠《わな》にかかったのである。
 喜平は番頭に叱られ、茂八は主人に叱られたのであるが、それが近所にも知れ渡って、自分たちが弱虫であるように云いはやされるのが、如何にも残念でならないので、どうかして自分たちをおびやかした獣の正体を見あらわしてくれようと、二人は相談の上でまた懲《こ》りずまに清水山探検を試みた。今度は獣を捕らえるのが目的であるので、かれらは魚と鼠を餌《えさ》にして、灌木と枯れすすきのあいだへ罠をかけておくと、三日目の夜に果たして四尺あまりの獣がその罠にかかった。獣は鼬《いたち》によく似たもので、黄いろい毛と長い尾を持っていた。おそらくは貂《てん》であろうと判断されたが、それほどの大きい貂は滅多《めった》にある
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