、ふたりは離れ家のようになっているひと棟のなかへ案内された。座敷は十畳と八畳ぐらいの二た間つづきになっているらしかった。
ここで半七をおどろかしたのは、かの勝次郎の親方の大五郎が暗い顔をして、線香の煙りのなかに坐っていることであった。自分たちよりも先《せん》を越して、大五郎がここに来ていようとは、さすがに思いもよらなかった。それと向いあっているのが主人の藤左衛門で、服装《みなり》は質素であるが如何にも大家のあるじらしい上品な人柄で、これも打ち沈んでうつむいていたが、半七らをみて鄭重《ていちょう》に挨拶した。その挨拶が済むと、半七は先ず大五郎に声をかけた。
「一体、親方はどうしてここへ来なすった。わたし達も鼻を明かされてしまいましたよ」
「どう致しまして……」と、大五郎は小声で答えた。「けさ暗いうちに、こちらから迎いの駕籠がまいりましたので、何がなにやら判らずに参ったのでございます」
それにしても、線香の匂いがどこからか流れて来るのが半七の気になった。
「なんだか忌《いや》な匂いがしますね」
「それでございます。神田の親分さん、どうぞこれを御覧くださいまし」
藤左衛門が起って次の間
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