》をこしらえるほどの事でなくっても、これも叱って勝次郎を助けてやらなけりゃあ可哀そうだ」
「じゃあ、すぐに繰り出しましょうか」
「これから出かけると、夜がふけて何かの都合が悪かろう。まあ、あしたにしようぜ。世間のうわさがあんまり騒々しくなったのと、勝次郎の奴がこの頃だんだんぐらつき出したので、向うでも引っかついで行ってしまったんだろうから、なにも命を取るようなこともあるめえ。種さえあがれば、そんなに慌てなくてもいい」
 あくる朝、半七は善八をつれて雑司ヶ谷へ出向いた。よもやと思うものの、相手は大家で大勢の奉公人がいるといい、近所の者もみな彼を尊敬しているようでは、どんな邪魔がはいらないとも限らないので、幸次郎と多吉も見え隠れにそのあとを追って行った。庄司の家はなるほど由緒ありげな大きい古屋敷で、門の前にはここらの名物の大きい欅《けやき》が幾本もつづいて高く立っていた。
 主人に逢いたいと申し込むと、しばらくして二人は門内へ通された。庭には大きい池があって、そこには鴨の降りているのが見えた。池の岸には芒《すすき》の穂が白くそよいでいた。その池をめぐって、更に植え込みのあいだを縫ってゆくと
前へ 次へ
全64ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング