るあいだに、何かのはずみでお早という娘と出来あったに相違ねえ。女は男が恋しい一心で雑司ヶ谷からわざわざ逢いに来る。それを自分の家へ引き摺り込んでは近所となりの手前もある。女の方も例の一件だから、なるたけ薄暗いところがいい。そこでふたりが話しあって、むかしから人のはいらねえ清水山を出逢い場所にきめたんだろう」
「勝次郎は一件を知っているんでしょうか」と、善八は顔をしかめた。
「よもや知るめえ」と、半七も溜息をついた。「痣のあることは知っていたろうが、相手は大家の娘だ。あいつも慾に転んで引っかかったんだろう。悪いことは出来ねえもんだ。喜平や銀蔵をなぐった奴も雑司ヶ谷の奉公人だろう。大勢の奉公人のうちには忠義者があって、よそながら主人のむすめの警固に来ているらしい。甚五郎の床店へ髪を束《たば》ねに来たという二人連れの男が確かにそれだ。こう煎じつめて来ると、ゆうべ勝次郎を引っかついで行った奴も大抵わかる筈だ。お早と勝次郎の逢いびきは当人同士の勝手だが、世間を騒がすのはよくねえから、一応は叱って置かなけりゃあならねえ。殊に雑司ヶ谷の奴らが勝次郎をさらって行くなどとはよくねえことだ。科人《とがにん
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