の襖をあけると、そこには血みどろになった若い男と女の死骸がならべて横たえてあった。
「御免ください」
半七も起って行って、まずふたりの死骸をあらためた。男は左の頸筋から喉《のど》へかけて斜めに斬られていた。女も左の喉を突き破られていた。その枕もとには血に染みた一挺の剃刀《かみそり》が置かれてあった。
これで一切は解決した。
半七が想象していた通り、勝次郎の申し立てにはよほどの嘘がまじっていた。かれはこの夏、親方と一緒にこの家の仕事に通って来て、母屋《おもや》と台所の繕《つくろ》いをしていた。繕い普請といっても大家の仕事であるから、二十日あまりも毎日通いつづけているあいだに、彼は家の女中たちとも心安くなった。若い職人は若い女中と冗談などを云いあうほどに打ちとけた時、ある日の午《ひる》休みにお兼という女中が勝次郎を物かげによんで何事をかささやいた。勝次郎はいつの間にか家の娘のお早に見染められたのである。お早は顔や手足に青い痣があるので、今に縁談がきまらないでいる。それを承知で逢ってくれれば、娘から十両の金をくれるというのであった。年のわかい無分別と、もう一つには慾にころんで、勝次郎
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