方へ行って店を出している。次男は中国の方へ養子にやる。惣領娘は越後の方へ嫁にやる。家に残っているのはお早という妹娘だけで、これが二十六になるそうですが、なんだか身体が悪いとかいうので、去年あたりから内に閉じこもっていて、誰にも顔をみせないということです」
「そうすると、親子二人ぎりだな。その庄司の家には何か悪い筋でもあるという噂は聞かねえか」
「さあ、そんな噂は聞きませんでした。主人は慈悲ぶかい人だそうで、土地では庄司の旦那様といえば、仏さまのように敬っているようです。なにを訊《き》いてもいいことばかりで、悪い噂なんぞする者は一人もありませんよ。どれもこれも無駄らしゅうござんすね」
「いや、無駄でねえ」と、半七はほほえんだ。「もうこれでいよいよ極まった。勝次郎に逢いに来る女は、そのお早という二十六の娘に相違ねえ」
「そうでしょうか」と、善八は疑うように親分の顔をみつめた。
「だって、考えてみろ。それほどの大家《たいけ》でありながら、惣領息子を遠い奥州へ出してやるというのがわからねえ。次男も遠い中国へやる。惣領むすめも遠い北国へやる。大勢の子供をみんな遠国《おんごく》へ出してしまうという
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