から十までくわしいほどいいんだが、大体の目安はこうだ」と、半七は子分の耳に口をよせた。
 何をささやかれたのか、善八は一々うなずいて、これも早々に出て行った。たとい手分けをしたにしても、日本橋と神田と深川を調べて来るのは、右から左というわけには行かない。殊に雑司ヶ谷などという遠いところもある。所詮《しょせん》きょう一日の仕事には行かないと見て、半七はやがて暮れかかる冬の空を仰ぎながら三河町の家へ帰った。
 あくる朝、菰《こも》をかぶった一人の乞食が半七の家の裏口から顔を出した。かれは子分の幸次郎であった。
「どうもいけません。この姿で清水山に夜通し寝ていましたが、犬ころ一匹出て来ませんでした」と、かれは朝の寒さにふるえながら云った。
「御苦労、御苦労。さあ、朝湯へでも飛び込んでおよいで来い」と、半七は幾らかの銭をやった。
「今夜も張り込みますかえ」
「まあ、それはもう少し考えてみよう」
 幸次郎が着物を着かえて出てゆくと、半七もすぐに朝飯を食って出た。そうして、きのうの通りに清水山の下をひとまわりして、それから山卯の店へ立ち寄ると、ちょうど店さきに立っていた喜平があわただしく駈けて来た
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