自分の得意場などは持っていない。いつも親方に引き廻されているのであるが、六月から七月にかけては、日本橋で二軒、神田で一軒、深川で一軒、雑司ヶ谷で一軒、都合五カ所の仕事に出たが、いずれも三日か四日の繕《つくろ》い普請《ぶしん》で、そのなかで少し長かったのは深川の十日と雑司ヶ谷の二十五日であると云った。かれは半七の問いに対して、更にその仕事さきの町名や家号などをも一々くわしく答えた。
「よし、わかった。これで今日は帰してやる。御用があって又なんどき呼び出すかも知れねえから、仕事場の出さきを大屋《おおや》へ一々ことわって行け」と、半七は云った。
「かしこまりました」
「それからお前に云っておくが、まあ当分は夜あるきをしねえがいいぜ。なるたけ自分の家《うち》におとなしくしていろ」と、半七はまた注意した。
 委細承知しましたと云って、勝次郎は早々に立ち去った。
「親分、どうです」と、善八はかれの姿を見送りながら小声で訊《き》いた。
「幸の奴は清水山に張り込ませることになっているから、おめえ御苦労でも誰かと手分けをして、あいつの仕事さきを一々洗って来てくれ」
「どんなことを洗ってくるんです」
「一
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