らの探検を恐れて、かの女が姿をかくしてしまったのは、勝次郎にとっては勿怪《もっけ》の幸いというべきで、かれは先ずほっ[#「ほっ」に傍点]とした。近所の清元の師匠におみよという若い娘があるので、彼はこのごろ毎晩そこへ入り込んで、稽古をかこつけに騒ぎ散らして、つとめて清水山の女のことを忘れようとしていた。かれの申し立ては以上の事実にとどまって、何者が喜平らをなぐり倒したのか、どんな獣《けもの》が喜平らをおびやかしたのか、そんなことは一切知らないと彼は云った。
その申し立てに、少しく疑わしい点がないでもなかったが、半七はその以上に彼を吟味しなかった。それでも念のためにまた訊《き》いた。
「そのお勝とかいう女は、それっきりちっとも音沙汰がないんだな」
「その当時はなんどきまた押し掛けて来るかと、内々心配していましたが、もうひと月の余になりますけれども、それっきり影も形もみませんから、もう大丈夫だろうと安心しているのでございます」
「そうか」と、半七はうなずいた。「そこで、おまえはこの六月から七月頃にかけて、何処とどこへ仕事に行った」
勝次郎はこの頃ようよう一人前の職人になったのであるから、
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