らやはり清水山へ通いつづけていたが、あの以来、かれの心はすっかり変ってしまって、唯むやみにかの女がおそろしくなって来た。逢いはじめてから今日まで、女は自分の身もとをはっきりと明かさないで、単に小石川の音羽《おとわ》に住むお勝という者だと話しただけであるが、それがどうも疑わしいので、勝次郎は念のために音羽へ探しに行ってみたが、音羽もなかなか広いので、顔に痣《あざ》のあるお勝という女ぐらいのことでは容易にわからなかった。考えてみると、その居どころは勿論、その名さえもほんとうか嘘かわかったものではない。こっちの名が勝次郎というので、それに合わせてお勝などと出たらめのことを云っているのかも知れない。そうなると、勝次郎の不安はいよいよ大きく広がって、そんな女にかかりあっているのは、どうしても我が身の為にならないように思われてならなかった。
そのうちに、柳原堤に怪しい女が出るという世間の噂がだんだん高くなって来るので、勝次郎はそれに対してもまた一種の不安を感じはじめて、逢いびきの場所をどこへか換えようと云い出したが、女はなぜか承知しなかった。年の若い勝次郎は清水山が魔所であるという伝説については
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