めを云って、その晩はともかくも化け物のような女から放たれたが、色も慾も消えうせて、もう二度とかの女に逢う気にもならないので、あくる晩は約束にそむいて清水山へ出かけて行かなかった。しかもなんだか自分の家にはおちついていられないので、かれは近所の女師匠のところへ遊びに行って、四ツ(午後十時)を合図に帰ってくると、家のまえにはかの女が幽霊のように立っていた。勝次郎はひとり者で、表の戸をしめて出たので、女はその軒下にたたずんで彼の帰るのを待ちうけていたのである。それをみて、勝次郎は又おどろかされた。こういうことになると知っていたら、迂濶に自分の居どころを明かすのではなかったと今さら悔んでも追っ付かないので、彼はよんどころなくその化け物を内へ連れ込むことになったが、女は内へはいらずに帰った。
 女は帰るときに堅く念を押して、もし約束を違《たが》えて清水山へ出て来なければ、自分はいつでもここへ押し掛けてくると云ったので、勝次郎はいよいよ困った。いっそ宿替えをしようかと思ったが、こんな執念ぶかい女はどこまでも追って来て、どんな祟りをするかも知れないと思うと、それもまた躊躇した。そして、そのあくる晩か
前へ 次へ
全64ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング