く例の夜鷹であろうと判断するのも無理はなかった。
 しかしそれがほんとうの夜鷹でないことは、夜鷹自身が其の女におびやかされたという事実によって証明された。本所《ほんじょう》の方から出て来るおたきという若い夜鷹は、ふた晩ほど其の女にすれ違ったが、なんとも云えない一種の物すごさを感じて、その以来は自分のかせぎ場所を換《か》える事にしたというのである。その女は決して自分たちの仲間ではないと、おたきは云った。また飯田町辺のある旗本屋敷の中間《ちゅうげん》は一杯機嫌でそこを通りかかって、白い手ぬぐいをかぶった女にゆき逢ったので、これも例の夜鷹であろうと早合点して、もし姐さんと戯《からか》い半分に声をかけると、女はだまって行き過ぎようとしたので、あとを追いかけて又呼びながら、しつこくその袂を捉えようすると、女はやはり黙って振り返った。白い手ぬぐいの下からあらわれた女の顔は青い鬼であったので、酔っている中間はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。さすがにその場で気絶するほどでもなかったが、小半町ばかり夢中で逃げ出して、道ばたの小石につまずいて倒れたまま暫くは起きることも出来なかった。かれはその晩から大
前へ 次へ
全64ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング