が強情を張っても、おれはちゃんと知っているぞ」と、半七は笑った。「そんなに隠すならおれの方から云って聞かせる。あの丸太を倒せと教えたのは、大工の勝次郎だろう。どうだ、まだ隠すか」
 如何にいたずらでも強情でも、ことし十六の小僧は半七の敵ではなかった。一々図星をさされて、利助はとうとう降参した。かれは半七の問いに落ちて、このあいだ仕事場で材木を倒したのは、自分の仕業に相違ないと白状した。それを頼んだのは確かに大工の勝次郎で、かれから百文の銭《ぜに》をもらって、そっとかの材木を倒したのであると云った。しかし勝次郎は身銭《みぜに》を切って、なぜそんな悪い知恵を授けたのか、それは利助も知らないらしかった。かれは生来のいたずらから、面白半分の人騒がせになんの考えもなく引き受けて、小さい身体を材木のかげに潜ませ、不意にその一本を倒しかけたに過ぎないのであった。
 その白状を残らず聞いた上で、半七は利助を番頭のところへ連れて行った。そうして、あらためてこの小僧を番屋へ呼び出すまでは、決して表へ出してはならないと堅く戒めて帰った。

     五

 半七は山卯の材木店を出て、ふたたび柳原の通りへ引っ返してくると、あとから子分の善八が追って来た
「親分。山卯の店へたずねて行ったら、親分はたった今帰ったというので、すぐに追っかけて来ました。番頭の話では、利助という小僧がなにか眼をつけられたそうですね」
「むむ、まあ、大抵は見当がついたようだ」と、半七は笑った。「ところで、木挽《こびき》の方はどうした」
「銀蔵の奴は駄目でした。別に手がかりになりそうなこともありませんよ」
 善八は自分が調べて来ただけのことを話した。それは幸次郎の報告と大差ないもので、かれ自身も失望している通り、別に新らしい手がかりになりそうな材料を含んでいなかった。
「まあ、銀蔵も喜平も別に係り合いはなさそうだ。それより大工の勝次郎という若い野郎を引き挙げてくれ。こいつは石町の油屋に仕事に行っているそうだから」
「ようがす。すぐに番屋へ引っ張って来ますかえ」
「むむ。おれは先に行って待っている」と、半七は云った。「相手は若けえ奴だ。おまけに大工だというから、なにか切れ物でも持っているかも知れねえ。気をつけて行け」
 善八にわかれて、半七はすぐに町内の自身番へ行こうとしたが、かれが日本橋の石町へ行って本人を引っぱって来るまでには、まだ相当の間《ひま》がかかるだろうと思ったので、更に向きをかえて髪結床へはいると、ちょうど客がなくて、甚五郎は表をながめながら長い煙管で煙草をのんでいた。
「やあ、親分。先ほどは……」と、かれは起って挨拶した。「きたないところですが、まあお掛けなさい」
 自分の店へ髪を結いに来たのでないことは甚五郎も初めから承知しているので、かれは粉炭《こなずみ》を火鉢にすくい込んで、半七の前に押し出しながら話しかけた。
「親分も清水山の一件をお調べになるんですかえ」
「世間がそうぞうしいので、まんざら打っちゃっても置かれねえ」と、半七も煙草入れを出しながら云った。
「実はさっきお話をしませんでしたが、池崎の屋敷の中間のほかに、こんなことがありましたよ。これはわたしだけが知っていることなんですがね。なんでも八月の中頃からでしょうか、変な男がときどき髪を束《たば》ねに来るんです。ひとりで来る時もあり、二人づれで来る時もありましたが、まあ大抵はひとりで来ました。年頃は三十五六でしょうか、色の黒い、骨太の、なんだか眼付きのよくない男で、めったに口をきいたこともなく、いつも黙って頭をいじらせて、黙って銭をおいて行くんです」
「それがどう変なのだ」
「どうということもありませんが……。わたしも客商売で、毎日いろいろの人に逢っていますが、どうもその男の様子がなんだか変でしたよ」
「その男は今でも来るかえ」と、半七は煙草を吸いながらしずかにきいた。
「いや、それがまたおかしいんです。九月のなかば過ぎ、山卯の若い衆が清水山へ見とどけに出かけてから二、三日あとのことでした。その男がいつもの通りふらり[#「ふらり」に傍点]とはいって来て、わたしに髭を当らせていると、そこへまたほかの客がはいって来て、山卯の若い衆の噂をはじめると、その男は黙って聞いていたが、やがてにやり[#「にやり」に傍点]と忌《いや》な笑い顔をして、半分はひとり言のように、そんな詰まらないことをするものじゃあない。しまいには身を損《そこ》ねるようなことが出来《しゅったい》する……と。わたしはそれに相槌を打って、まったくそうですねと云いましたが、その男はなんにも返事をしませんでした。そうして、それっきり来なくなってしまったんです」
「それっきり来ねえか」
「それっきり一度も顔をみせません。ねえ。親分。なんだか変じゃありません
前へ 次へ
全16ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング