めん》をかぶっているんだぜ」と、銀蔵はあるきながら云った。
「そうかも知れねえ」と、喜平も笑った。
 これは誰でも考えそうなことで、現にその時もそんな説を唱える者もあったのである。しかしそれが中ごろから青い鬼ではなく実は青い蛇であったように伝えられて、それから大蛇の精などという噂も生み出されたのであった。そういうわけで、銀蔵は清水山の怪異が果たして真の妖怪であるや否やを疑っている一人であった。おなじように調子をあわせていながらも、喜平はあくまでもそれを一種の怪物であると信じていた。
 二人はめいめいに違った心持をいだいて、同じ目的地に到着した頃には、秋の日はすっかり暮れ切っていた。その怪しい女があらわれるという時刻は一定していないのである。ある者は宵の口に見たといい、ある者は夜ふけに出逢ったというのであるから、その探索に出向いて来た以上、どうでも宵から夜なかまでここらに見張っていなければならないので、二人は堤の下を根《こん》よく往きつ戻りつして、かの女のあらわれて来るのを今か今かと待ちうけていた。
 宵を過ぎると、柳原の通りにも往来の人影はだんだん薄くなった。例の夜鷹の群れも妖怪のうわさに恐れて、この頃は和泉橋よりも東の堤寄りに巣を換えてしまったので、二人はからかっている相手もなかった。喜平ほどの熱心家でもない銀蔵はすこし退屈して来たところへ、五ツ(午後八時)を過ぎる頃から細かい雨がほろほろと落ちて来た。
「あ、降って来た。こりゃあいけねえ」と、銀蔵は空をあおいだ。
 この企ては今夜に限ったことでもない。近所のことであるから、あしたの晩また出直そうではないかと、かれは丁度幸いのように云い出した。
「なに、たいしたこともあるまい。折角出かけて来たもんだから、もう少し我慢してみようじゃあないか。強く降って来たら、駈け出して帰る分《ぶん》のことだ」
 喜平は強情に主張するので、銀蔵は渋々ながら附き合っていると、雨はさのみ強く降らないで、やがて大銀杏《おおいちょう》のこずえに月がぼんやりと顔を出した。
「それ見ねえ。すぐ止んだ」
「だが、いやに薄ら寒くなって来たな」と、銀蔵は肩をすくめた。「夜が更《ふ》けると往来なかはやりきれねえ。そこらの軒下に行こうじゃねえか」
 ふたりは大通りを横切って、戸をおろしてある床店の暗い軒下にはいろうとすると、店と店とのあいだから一つの黒い影
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