なりわたくしの腕をつかまえて、堤の上へ引っ張って行く。こっちも若いもんですから、いよいよ面白くなって付いて行きました。ところが、相手は夜鷹どころか、別れる時に、向うから一分の金をわたくしの手に握らせてくれました。そうして、あしたの晩もきっと来てくれと云うんです。いよいよ嬉しくなって、そのあしたの晩も約束通りに出かけて行くと、女はやっぱり待っていました。出逢う所はいつでも清水山で、逢うたびにきっと一分ずつくれるんですから、こんな面白いことはないと思っていると、忘れもしない八月八日の晩でした。その晩はいい月で、女の顔が……。女はいつも手拭を深くかぶっているので、一体どんな女だかよくわからなかったんですが、今夜こそはよく見とどけてやろうと思って、月明かりで手拭のなかを覗いてみると、いやどうもおどろきました。その女は両方の眼のまわりから鼻の下あたりまで、まるで仮面《めん》でもかぶったような一面の青黒い痣《あざ》で、絵にかいた鬼女とでも云いそうな人相でしたから、わたくしは気が遠くなる程にびっくりして、あわてて突き放して逃げようとすると、女は袖にしがみついて放しません。まあ、話すことがあるから一緒に来てくれと云って、無理にわたくしを清水山の奥へ引き摺って行きました。今まで一分ずつくれていたのですから、ほんとうの化け物でないことは判っていますが、なにしろ化け物のような女の正体がわかってみると、なんだか薄気味が悪くなって、お岩か累《かさね》にでも執着《とりつ》かれたような心持で、わたくしは怖々《こわごわ》ながら付いて行くと、女はすすり泣きをしながら、どうで一度は知れるに決まっていると覚悟はしていたが、さてこうなると悲しい、情けない。わたしのような者でも不憫と思って、今まで通りに逢ってくれるか、それとも愛想を尽かしてこれぎりにするか、その返事次第でわたしにも料簡があると、こう云うんです。嫌だと云ったら、いきなり喉笛にでも啖《くら》いつくか、帯のあいだから剃刀でも持ち出すか、どの道、唯はおかないという権幕ですから、どうにもこうにもしようがなくなって、わたくしも一時逃がれの気やすめに、きっと今まで通りに逢うという約束をしてしまいました」
 かれは茶碗の水を又ひと口のんで、しばらく息を休めていた。

     六

 その後の成り行きについて勝次郎はこう訴えた。
 かれは一時逃がれの気やす
前へ 次へ
全32ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング