縄張り内に起ったのがお前の不祥だ。誰か若い奴らでもやって、ひと通りは詮議させてくれ」
 半七ほどの御用聞きに対して、いかに役目でもこんな仕事を直接に働けとは云いにくいので、子分の若い者どもに勤めさせろと云いつけたのである。それは半七も呑み込んでいるので、こころよく承知した。
「自分の鼻の先のことを御指図で恐れ入りました。実は若い奴らからそんな話を聞かないでもなかったのですが、ほかの御用に取りまぎれて居りまして……」
「いや、忙がしくなくっても、こんなべらぼうな仕事は立派な男の勤める役じゃあねえ」と、金太夫はまた笑った。「清水山というと大層らしいが、堤の幅にしてみたら多寡が三、四間、おそらく五間とはあるめえ。高さだって知れたもので足長島の人間ならば一とまたぎというくらいだ。そんなところに鬼が棲むか、蛇《じゃ》が棲むか、大抵はわかり切っているわけだが、昔から忌《いや》な噂のあるところだけに、世間の騒ぎは大きいのだろう。尤も江戸というところは油断は出来ねえ。灰吹《はいふき》からも大蛇《だいじゃ》が出るからな」
「ごもっともでございます」と、半七も笑った。「まったく油断は出来ません。では、早速に調べあげてまいります」
 半七は家へ帰って、すぐ子分の幸次郎と善八を呼んだ。
「ほかじゃあねえが、清水山の一件だ。おれは馬鹿にしてかかっていたので、旦那の方から声をかけられてしまった。もう打っちゃっては置かれねえ。ひと通り調べてきてくれ。だが、おれの指図するまでは現場の方へはむやみに手をつけるなよ」
「あい。ようがす」
 二人はすぐに出て行った。今までは初めから馬鹿にし切って、ほとんど問題にもしていなかったのであるが、さてそれが一つの仕事となると、半七の神経はだんだんに鋭くなって来て、なんだか子分共ばかりには任せておかれないような気にもなったので、かれも午過ぎから家を出た。それは喜平らが最後の探検から一と月あまりを過ぎた頃で、十月ももう末に近い薄陰りの日であった。
「なんだか時雨《しぐ》れて来そうだな」と、半七は低い大空を見あげながら歩き出した。
 どこという的《あて》もないが、ともかくもその場所をよく見とどけて置く必要があるので、半七はまず柳原の堤の方へ足をむけた。
 神田に多年住んでいて、ここらは眼をつぶっても歩かれるくらいによく知っているのではあるが、こういう問題が新らしく湧き
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