しながら云った。
「おい、喜平さん。まったくそのままで済ませるのは詰まらねえ。今夜わたしが一緒に行こう」
「おまえが行ってくれるか」
「むむ、行こう。中途で引っ返して来ちゃあいけねえ。なんでも強情に正体を見とどけて来るんだ」
 新らしい味方をみつけ出して、喜平は新らしい勇気が出た。
「じゃあ。勝さん。ほんとうに行くかえ」
「きっと行くよ。嘘は云わねえ」
 その詞のまだ終らないうちに、二人のうしろに立てかけてあった大きい材木が不意にかれらの上に倒れて来た。それに頭を撃たれれば勿論、背中や腰を撃たれても定めて大怪我をするのであったが、さすがに商売であるだけに、喜平も勝次郎もあやういところで身をかわした。ほかの者もおどろいて一度に飛び退《の》いた。
「どうしてこの丸太が倒れたろう」
 人々は顔を見あわせた。しかもその材木が偶然かも知れないが、あたかも今夜ふたたび清水山へ探索にゆこうと相談している二人の上に倒れかかって来たということが、大勢の胸に云い知れない恐怖を感じさせた。今まで強がっていた勝次郎の顔は俄かに蒼くなった。喜平もしばらく黙っていた。
「さあ、そろそろ仕事に取りかかろうか」と、そのなかで一番年上の大工は煙管《きせる》をしまい始めた。
「喜平さんも勝公も、まあ、詰まらねえ相談は止した方がいいぜ」
 どの人もそれぎり黙って、めいめいの仕事にとりかかった。夕方に仕事をしまって大工たちがみな帰ったときに、勝次郎も消えるように姿を隠した。また出直して来るのかと、喜平はいつまでも待っていたが、勝次郎は夜のふけるまで姿をみせなかった。材木の倒れて来たのにおびやかされたか、または他の大工に意見されたか、それらのことで彼は俄かに変心したらしく思われた。あいつもやっぱり弱い奴だと、喜平はひそかに舌打ちしたが、さりとて自分もひとりで踏み出すほどの勇気はないので、その晩は残念ながらおとなしく寝てしまった。
 あくる日、仕事場で勝次郎に逢うと、かれは喜平にむかって頻りに違約の云い訳をしていた。家へ帰って夕飯を食って、それから出直して来ようと思っていると、あいにく相長屋に急病人が出来たので、その方にかかり合っていて、いつか夜が明けてしまったと、彼はきまり悪そうに説明していたが、喜平はそれを信用しなかった。
「そこで、お前は今夜も行くのかえ」と、勝次郎は訊《き》いた。
「いや、もう止そうよ
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