で、浅五郎もいよいよ恐縮してしまったのです。そこで、その翌日、百五十両の金を受け取って、屋敷から伊藤の店へ行く途中で、そこが若い人間、ふっと気が変った。というのは、たといその仮面を無事に取り戻して来たとしても、一度ならず二度までも重役たちに厳しく叱られている以上、なにかの咎めを受けるかも知れない。あるいは国詰めを云い付けられて藩地へ追い返されるかも知れない。そんなわけで藩地へ帰れば、親類には面目ない、友だちには笑われる。いっそ此の百五十両を持って逐電《ちくてん》してしまった方がましかも知れないと途中でいろいろ考えた挙げ句に、とうとう伊藤へも行かず、もちろん屋敷へもかえらず、そのまま姿をかくしてしまったのです。若いとは云いながら無分別、自分から求めて日かげ者になって、その足で京へのぼって、しるべの人をたよって何とか身の振り方をつける積りであったそうですが、やっぱり江戸に未練があって、神奈川からまた引っ返して来て、目黒の在にかくれていたところを訳も無しに召し捕りました」
「どうして、その目黒に忍んでいることが知れたんです」と、わたしは訊《き》いた。
「なにしろ若い人間ですし、いくらか自棄《
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