に引き寄せられて来る者はなかった。十日をすぎ、半月を過ぎて、孫十郎はまた罵った。
「畜生……。一杯食わせやがった」
 前の能役者と武士とは同類で、あらかじめ申し合わせてこの狂言をかいたのであろう。なまじいに商売気を出したのと、かの武士の愁嘆に同情したのとで、自分は二十五両という金をやみやみ騙《かた》り取られたのである。こう気がつくと、孫十郎は白髪《しらが》が一本ずつ逆立つように口惜しがって憤ったが、今更どうすることもできなかった。殊にこの事件は最初から自分ひとりで応待したのであるから、誰を責めるわけにも行かなかった。
 商売のわずらいと一旦はあきらめても、彼はやはり諦め切れなかった。かれはその後幾日か考えつめた末に、神田の半七のところへ駈け込んだ。

「なに、その罪人はすぐに知れましたよ」と、半七老人は云った。「しかし少々勘違いであったのは、前の能役者と後の若侍と、なんにも係り合いのないことでした。誰が考えてもこのふたりは狎《な》れ合いだと思われましょう。現に伊藤の亭主も一途《いちず》にそう思い込んでいましたし、わたくしも先ずそうだろうと鑑定していました。ところが大違いだからおかしい。
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