から、鶉の一件も今夜のことには行くまい。気の毒だが、一旦持ち帰ってくれ」
かれはまったく気の毒そうに云った。こんな化け物屋敷に長居はできない、帰ってくれと云われたのを幸いに、喜右衛門はうずら籠をかかえて怱々《そうそう》に表へ逃げ出した。雨はまだ降っている。自分のうしろからは何者かが追ってくるように思われるので、喜右衛門は暗いなかを一生懸命にかけぬけて、新宿の町の灯を見たときに初めてほっ[#「ほっ」に傍点]と息をついた。
妖怪におびやかされたせいか、冷たい雨に濡《ぬ》れたせいか喜右衛門はその晩から大熱を発して、半月ばかりは床についていた。八月の末になって彼はだんだんに気力を回復すると、鶉の鳴き声が少し気にかかった。かの鶉は自分の命よりも大切にかかえて戻って、別条なく店の奥に飼ってあるが、その鳴き声が今までとは変っているようにきこえるので、喜右衛門は不思議に思った。自分の病中、奉公人どもの飼い方が悪かったので、あたら名鳥も声変りしたのではないかと、念のためにその鶉籠を枕もとへ取り寄せてみると、鳥はいつの間にか変っているのであった。喜右衛門はびっくりした。かれは一つ目の妖怪にもおびやかさ
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