すこし崩れている床の間には、山水の掛物もかかっていなかった。三人はその座敷を出て、更に屋敷じゅうを見まわると、ほこりのうずたかく積っている縁側には大小の足あとが薄く残っていた。鼠の足跡もみえた。そのほこりの上を爪立ってゆくと、どの座敷も畳をあげてあったが、台所につづく六畳の暗い一と間だけには破れた琉球畳が敷かれていて、湿《しめ》っぽいような黴《かび》臭いような匂いが鼻にしみついた。半七は腹這いになって古畳の匂いをかいだ。
「松。おめえも嗅いでみろ。酒の匂いがするな」
松吉もおなじく嗅いでみて、うなずいた。
「酒の匂いはまだ新らしいようですね」
「むむ。おめえは鼻利きだ。酒の匂いは新らしい。第一、これは女中部屋だ。ここで酒をのむ者はあるめえ。このあいだの奴らがここに集まっていたに相違ねえ。まあ、引窓《ひきまど》をあけてみろ」
松吉に引窓をあけさせて、その明かりで半七は部屋じゅうを見まわした。押入れのなかも調べた。障子をあけて台所へも出た。沓《くつ》ぬぎの土間へも降りて見まわしているうちに、かれは何か小さいものを拾った。それを袂に入れて、半七はもとの座敷へ戻った。
「さあ、もう帰ろうか
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