もくやしい」
 かれは帰る途中でいろいろに思案したが、どちらとも確かに分別がつかないので、家へ帰って町内の家主《いえぬし》に相談すると、家主は眉をよせた。
「いや、それはちっとも知らなかった。実はこの五、六日前にも、やっぱり同じ空屋敷で五十両の茶道具をかたられた者があるという噂だ。そういうことを打っちゃって置いて、その悪者がお召し捕りになったときには、おまえもお叱りをうけなければならない。ちっとも早くお訴えをして置くことだ」
 家主に注意されて、喜右衛門はすぐにその次第を訴え出た。

     二

 大木戸の出来事ではあるが、神田の半七がその探索をうけたまわって、子分の松吉を連れて山の手へのぼって行った。その途中で松吉はささやいた。
「親分。みんな同じ奴らですね」
「それに相違ねえ、方々のあき屋敷を仕事場にして、いろいろの悪さをしやがる。世話のやける奴らだ」
 このごろ山の手のあき屋敷へ商人《あきんど》をつれ込んで、いろいろの手段でその品物をまきあげるのが流行する。本郷の森川|宿《しゅく》や、小石川の音羽《おとわ》や、そのほかにも大塚や巣鴨や雑司ヶ谷や、寂しい場所のあき屋敷をえらんで商人をつれ込み、相手を玄関口に待たせて置いて、その品物をうけ取ったまま奥へはいって、どこへか姿を隠してしまうものもある。あるいは座敷へ通して置いて、腕ずくで嚇して奪い取るものもある。近所の者ならばそれが空屋敷であることを大抵承知しているが、遠方の者はそれを知らないで、うっかり連れ込まれるのである。それであるから、白昼《まひる》のあかるい時には決してその被害はない。かれらはなんとか口実を設けて、いつでも暗い夜に相手をおびき出すのである。おなじ場所で幾たびも同一の手段を繰り返せば、たちまちに足のつく虞《おそ》れがあるので、一つ場所ではせいぜい二度か三度ぐらいにとどめて、更にほかの場所を選ぶのを例としている。したがって、今度の鶉の一件もおなじ奴らの仕業であることは判り切っていた。
「だが、今度のは今までと違って、すこし新手《あらて》だな」と、半七は笑いながら云った。
「奴らもいろいろに工夫《くふう》するんですね」と、松吉も笑った。「それにしても、一つ目小僧とは考えたね。悪くふざけた奴らだ」
「まったくふざけた奴らだ、あんまり人を馬鹿にしていやがる。今度こそは何とかして退治《やっ》つけてやりてえもんだ」
 ふたりは伝馬町の野島屋へ行って、主人の喜右衛門に逢ってその晩の様子を訊《き》いた。化け物の正体も詳しく聞きただした。喜右衛門は年甲斐もなく物におびえて、その化け物の正体をたしかには見とどけなかったのであるが、一つ目といっても、絵にかいてあるいわゆる一つ目小僧のように、顔のまん中に一つの目があるのではなかった。単に左の目が一つ光って見えたらしかった。
 二つの目を満足にもっている者が、なにかで片目を塞いでいたのであろうと半七は想像した。口が裂けているように見えたのも、何かの絵の具で塗りこしらえたに相違ない。牙なども何かで作ったものであろう。こう煎じつめてくると、一つ目小僧の正体も大抵わかった。所詮は喜右衛門の臆病から、こんな拵《こしら》えものにおびやかされたのである。しかし臆病が却《かえ》ってかれの仕合わせであったかも知れない。彼がもし気丈の人間で、なまじいにその化け物を取り押えようなどとしたら、奥にかくれている同類があらわれて来て、彼のからだにどんな危害を加えたかも知れない。一つ目小僧におどされて、十五両の鶉をまきあげられた方が、かれに取ってはむしろ小難であったらしく思われた。
「御苦労だが、その屋敷まで案内してくれ」
 半七は喜右衛門を案内者として、すぐに新屋敷まで出向いた。なるほど古い屋敷ではあるが、夜目に門がまえを見ただけでは、それが無住の家であるかどうかを覚《さと》られそうにもなかった。門内も玄関先のあたりだけは、草が刈ってあった。あき屋敷と覚られまいために、おそらくその前夜か昼のあいだに草刈りをして置いたのであろう。半七は彼等のなかなか注意ぶかいことを知った。
「どうします。踏み込みますか」と、松吉はきいた。
「ともかくも一応はあらためなければいけねえ」
 かれらがもう巣を変えてしまったことは判っているが、それでも何かの手がかりを発見しないとも限らないので、半七は先に立って内玄関からはいり込むと、松吉と喜右衛門もあとから続いた。喜右衛門が通されたという八畳の座敷へはいって、縁側の大きい雨戸をあけ放すと、秋の日のひかりが一面に流れ込んで来た。
「なるほど、内はずいぶん荒れているな」と、半七はそこらを見まわしながら云った。
「わたくしもひどい荒れ屋敷だと思っていましたが、まさかに空屋敷とは……」と、喜右衛門も今更のように溜息をついていた。
 壁の
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