にも……」
「なんだ、なんだ。お花見はいけねえと初めっから云っているじゃあねえか。それよりも、その末広町の一件というのは何だよ」
「だから、兄さん」と、お粂は甘えるように云った。
「お粂さんも如才《じょさい》がない」と、お仙は笑い出した。「お花見のお供と取っけえべえか」
「姉さんばかりでなく、誰か五、六人ぐらい誘って来て……。ね、よござんすか」
 芸人には見得《みえ》がある。とりわけて女の師匠は自分の花見の景気をつけるために、弟子以外の団体を狩り出さんとして、しきりに運動中であるらしい。彼女はその交換条件として、ある材料を兄さんのまえに提出しようというのであった。半七も笑ってうなずいた。
「よし、よし、そりゃあ種次第だ。ほんとうに種がよければ、十人でも二十人でも、五十人でも百人でもきっと狩り集めてやる。まず種あかしをしろ」
「きっとですね」
 念を押して置いて、お粂はこういう出来事を報告した。ゆうべ末広町の丸井という質屋へ恐ろしい押借《おしが》りが来たというのである。丸井はそこらでも旧い暖簾《のれん》の店で、ゆうべ四ツ半(午後十一時)頃に表の戸をたたく者があった。もう四ツを過ぎているの
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