は高輪の弥平という岡っ引の子分で、江戸から出役《しゅつやく》の与力に付いて、去年から横浜に来ているのであった。江戸にいるときに半七の世話になったこともあるので、かれは今夜久しぶりで出逢った親分と子分を、疎略には扱わなかった。近所の料理屋へ案内して、三五郎はなつかしそうに話し出した。
「どうも皆さんに御無沙汰をして相済みません。ところで、おまえさん達は唯の御見物ですかえ。それとも何かの御用ですかえ」
「まあ、御用半分、遊び半分よ」と、半七は何げなく云った。「なにしろ、ここもむやみに開けてくるらしいね。江戸より面白いことがあるだろう」
「まったく急に開けて来たのと万国の人間があつまって来るのとで、随分いろいろの変った話がありますよ」
 この間もロシアの水兵が二人づれで、神奈川の近在へ散歩に出て、ある百姓家で葱《ねぎ》を見つけて十本ほど買うことになったが、買い手も売り手も詞《ことば》が通じないので、手真似で対談をはじめた。売り手の方では相手が異人であるから、思うさま高く売ってやれという腹で、指を一本出してみせた。それは一分というのであった。それに対して買い手は一両の金を出した。指一本一両と思
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