の上に詮議もないらしいので、今夜はこれだけにして長左衛門に別れた。勿論、二度と押しかけて来るようなこともあるまいが、彼等が今夜にも万一出直して来たら、すぐに自分のところへ知らせてくれ。決して隠して置いてはならないと、くれぐれも云い聞かせて帰った。
家へ帰ると、子分の松吉が待っていて、ゆうべ深川富岡門前の近江屋《おうみや》という質屋へ二人づれの浪人が押借りに来て、異人の首を突きつけて攘夷の軍用金をまきあげて行ったと報告した。
「しようのねえ奴らだ」と、半七は舌打ちした。「実は今もそれで末広町まで足を運んで来たんだ」
「じゃあ、末広町にもそんなことがあったんですかえ」
「そっくり同じ筋書だ」
その説明を聴かされて、松吉も舌打ちした。
「まったくしようがねえ。そんなことをして方々を押し歩いていやあがる。だが、親分。生首を持って歩いているようじゃあ、そいつらは本物でしょうか」
「そうかも知れねえ」
半七はかんがえていると、松吉は紙入れから小さい紙に包んだものを大切そうに出してみせた。それは紅《あか》い毛であった。
「これは近江屋の入口の土間に落ちていたのを拾って来たんですよ」と、松吉は得意らしく説明した。「なにか手がかりになるものはねえかと、わっしも蚤取眼《のみとりまなこ》でそこらを詮議すると、土間の隅にこんなものが一本落ちていたんです。店の掃除をするとき掃き落したんでしょう」
「むむ」と、半七はその紙を手の上に拡げて見た。「異人の首の髪の毛らしいな」
「そうです。そうです、奴らが首を持ち出して拈《ひね》くりまわしているうちに、一本か二本ぬけて落ちたのを誰も気がつかずにいて、けさになって小僧どもが掃き出してしまったんでしょう。どうです、何かのお役に立ちませんかね」
「いや、悪くねえ。いい見付け物だ。おめえにしちゃあ大出来だ。そこで、深川へ押し込んだのはゆうべの何どきだ」
「五ツ頃だそうですよ」
「まだ宵だな。それから末広町へまわったのか。ひと晩のうちによく稼ぎゃあがる」と、半七は再び舌打ちした。「なにしろ、これはおれが預かっておく」
「ほかに御用はありませんかえ」
「そうだな、まずこの髪の毛をしらべて見なけりゃあならねえ。すべての段取りはそれからのことだ。あしたの午《ひる》ごろに出直して来てくれ」
松吉を帰したあとで、半七は一本のあかい毛をいつまでも眺めていた。それ
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