酔いも急にさめたように、紋七は首をすくめながら池の端の闇をたどってゆくと、向うから足早に駈けて来て彼に突きあたった者があった。あぶなく倒れそうになったのを踏みこらえて、また二、三間歩いてゆくと、今度はかれの足がつまずいたものがあった。それがどうも人間らしいので、紋七も不思議に思って、五段目の勘平のような身ぶりで暗がりを探ってみると、かれの手に触れたのは確かに人間であった。しかもぬるぬるとした生《なま》あたたかい血のようなものを掴《つか》んだので、かれは思わずきゃっ[#「きゃっ」に傍点]と声をあげた。

     三

 紋七が発見したのは男二人の死体であった。ひとりは紋作で、左の脇腹を刃物でえぐられていた。他のひとりは冠蔵で、左の耳の下を斬られ、左の胸を突かれ、まだそのほかにも幾ヵ所の疵《きず》を負っていた。
 式《かた》の通りに検視がすんで、死体はそれぞれに引き渡されたが、その下手人については二様の意見があらわれた。紋七や一座の者どもの申し立てによって考えると、和解の酒盛りが却《かえ》って喧嘩のまき直しになって、酔っている二人は帰り途で格闘を演じ、結局相討ちになったのであろうという
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